循環・廃棄物の基礎講座
2012年1月号

日本発「浄化槽」の海外展開

蛯江 美孝

浄化槽

浄化槽はトイレや台所、お風呂などから排出される生活排水を処理する日本独自の技術で、主に戸建て住宅に設置される分散型汚水処理システムです。導入効果の発現が早く、下水道等の集中型汚水処理システムと組み合わせて整備することにより、迅速かつ費用対効果の高い汚水処理が可能となります。(排水を毎日きれいにする小さな装置:2007年3月5日号

開発途上国への汚水処理技術の移転

21世紀の国際社会の目標として貧困と飢餓の撲滅や環境の持続可能性確保など8つの目標を掲げた国連ミレニアム開発目標(MDGs: Millennium Development Goals)においては、基本的な衛生施設を利用できない人の割合を2015年までに半減させることが掲げられていますが、MDGsで示されている基本的な衛生施設は、下水道や浄化槽、くみ取り便所などに限らず、ピット(穴)はスラブ(平板)でフタがされていること、壁等によりプライバシーが確保されていること、常時使用できること、という非常に簡易な条件になっています。「水と衛生共同モニタリング・プログラム」の報告書によれば、2006年の基本的な衛生施設にアクセスできない人口は25億人(うち18億人がアジア)であり、うち12億人が野外での排泄を余儀なくされている状況です。出張先の町中の河川で用を足す様子を思いがけず目の当たりにしたこともあり、そもそも多くの住民がトイレを持っていない状況を改善することの方が先決であるという指摘は大変よく理解できます。しかし、長期的に見ると、衛生問題だけでなく環境問題の解決(もしくは未然防止)までを含めた技術移転が必要であり、その対策技術のひとつとして、浄化槽は 大きな貢献が期待できると考えています。

開発途上国における衛生環境の改善を図る目的で、これまでに数多くのプロジェクトが実施されてきていますが、その多くは人口密集地域における下水道の導入です。2003~2007年に約3,500億円の円借款が9ヶ国40件の下水道事業に対して供与され、2,250万人が新たに下水道を利用可能となっている一方で、郊外や農村地域における汚水処理技術システムの導入事例はそれほど多くなっていません。なお、人口密集地域では 下水道システムの費用対効果は高く、極めて効果的に機能しますが、経済的に発展した都市では下水道を将来にわたって維持できるものの、人口は多いが貧困層が大部分を占めるような地区では、下水道システムは導入できないどころか、そもそもトイレすらままならない状況もあります。このように、都市内のスラム地区や都市周辺地域等、現在およびこれからも人口増加が進むと思われる地域 に対する支援は十分であるとは言い難く、これら地域が衛生問題が最も深刻で、対策が最も困難なエリアでもあることが指摘されています。

浄化槽の技術移転に向けて

浄化槽は日本で独自に培われてきた処理技術で、土地の少ない日本に適した高度な汚水処理を可能とする処理技術です。現在では諸外国においても様々な技術開発がなされていますが、日本の浄化槽の特徴のひとつとして、浄化槽の設置工事に係る技術者としての浄化槽設備士、保守点検に係る浄化槽管理士が国家資格として位置づけられ、それ以外にも浄化槽が適正に稼働していることを判断する浄化槽検査員、浄化槽に溜まった汚泥をくみ取る浄化槽清掃技術者等が位置づけられ、これら一連のプロセスが一体となってシステムとして組み込まれているということであり、このようなしくみは諸外国に例がありません。

浄化槽

もちろん、浄化槽技術の海外移転を考える場合は対象地域の排水原単位や気候、習慣等の地域特性に応じた技術のカスタマイズは必要ですが、適切な普及を進める上では、これに加えて、上述したシステムとしての運用が重要であり、浄化槽の維持管理、汚泥の収集・運搬、汚泥処理施設や検査体制等を含めた社会システム、さらには関係者の知識・技術の制度化、住民の環境意識の向上等、ステークホルダーのキャパシティ・デベロップメントを総合的に導入する必要があると考えています。

特に汚水処理施設の導入計画の段階では、どうしても汚水処理率に目がいきがちであり、行政担当者等の評価はその点が重視されてしまいますが、液状廃棄物処理フローにおいては、汚泥処理が抜け落ちては早晩立ちゆかなくなることになります。汚水を処理すれば汚泥もしくは残渣が発生することは自明の理であり、焼却施設の無い多くの地域や農地還元等のリサイクルシステムを有さない地域においては、埋立後の安定化にかかる期間の長期化、浸出水や温室効果ガス(主にメタン)の発生等、後年に禍根を残さないよう、計画当初から汚泥処理を考慮した汚水処理整備の推進が重要です。そのためにも、汚水処理率だけではなく、最終処分までの処理フローを対象とした評価が重要になると考えられます。

住民の環境意識の向上については、環境に関するニュースレターの作成・配布やインターネット上での紹介等、ステークホルダーを巻き込んだ地道な広報活動も途上国展開を効果的に進める上で重要な項目のひとつです。

浄化槽導入のインセンティブ

浄化槽による生活排水の高度処理は、環境保全のみならず、様々な用途への処理水の利用可能性を有しています。特に水資源に乏しい地域では、処理水の利用に関する潜在的なニーズは高いと考えられます。上水の無いところに下水処理の導入はあり得ない、としてしまうのではなく、汚水処理施設が単なる処理装置ではなく造水装置としての役割を担うと考えれば、そのニーズは格段に高くなるかもしれません。特に、浄化槽は水を使った場所で処理するオンサイト型の排水処理施設であるため、水利用地点に近接して設置され、異なるニーズに対してそれぞれ適切な処理水質を得ることが可能であることから、浄化槽の整備計画において処理水の利用の観点からの評価を盛り込むことにより、その有用性を一段と高められる可能性があります。

開発途上国において広く普及している腐敗槽(セプティックタンク)は構造や維持管理上の問題が多いことが指摘されていますが、セプティックタンクによって既に水洗化されている場合、改めてコストをかけて浄化槽を導入することに住民はほとんど便益を感じない可能性があります。しかし、上述したように、排水のみならず用水と併せた技術パッケージとしての海外展開は浄化槽の価値を高め、既にセプティックタンク等によって水洗化されている住民に対しても導入モチベーションを向上させる可能性があるかもしれません。

実際には、このような付加価値的な利点を説くまでもなく、衛生設備の不備による経済損失は非常に大きく、例えば、カンボジア、インドネシア、ベトナム、フィリピンでは、人の健康、水資源、屋外環境、日常生活、観光産業への影響として、年間約90億ドル(2005年)もの損失を出しており、4ヶ国のGDP合計の約2%に相当することが試算されています。

将来的に、途上国が自国の費用で自立的に生活排水対策を進められるようにするためには、国や地域の意志決定機関に対して、このような長期的、俯瞰的(ふかんてき)経済性評価を提示し、問題提起していくことも重要であると考えられます

参考資料
  1. 橋本和司(2009)アジアの衛生事情、環境技術会誌、134、11-13.
  2. World Bank, Water and Sanitation Program(2008)Economic Impacts of Sanitation in Southeast Asia.
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