特別企画
2019年6月号

令和の時代の廃棄物管理と資源循環(1):昭和と平成

田崎 智宏

連載記事の趣旨

今年(2019年)の5月から元号が「令和」となりました。皆さんは、5月1日をどのように迎えられましたでしょうか。

環環の連載記事は久しぶりなのですが、今回の連載記事では、この時代の変わり目という機会をつかって、改めて昭和の時代と平成の時代の廃棄物管理と資源循環(または3R)を振り返り、新しい時代における廃棄物管理と資源循環がどのようになっていくことが考えられるのかを皆さんと共有してみたいと思います。この分野における大きな動向や潮流を理解するよいきっかけとなればと考えています。数回の連載記事として書かせていただきますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

第1回は、昭和と平成の時代における廃棄物管理と資源循環を振り返ってみます。主に、モノ、方法、役割の3つの視点から説明させていただきます。

昭和の時代の廃棄物管理と資源循環

昭和の廃棄物管理の特徴をごく簡単に表現するとしたら、廃棄物処理の受け皿を用意していく時代だったといえます。特に、都市への人口集中や1960~70年代の高度経済成長によって大量の廃棄物を処理しなければならなくなりました。

戦前、戦後は、今と比べればモノが稀少でしたので、使えるものは使うという形で有価物の回収がされていました。ガラスびんにしても、鉄スクラップにしても、今より貴重な資源として扱われていました。そのような有価物回収がされたうえで残る不要なモノというのが、この頃の「廃棄物」です。廃棄物処理の方法としては、不要物をいかに自分達の目の前から片付けるかという「清掃」の観点が重視されました。速やかにごみを集めることが大切です。特に、腐敗して悪臭・害虫を引き寄せる生ごみや、ばい菌・病原菌を含むし尿(大便と小便のこと)など、きちんと処理されないと不衛生な状態を引き起こす廃棄物に処理の主眼がありました。病気の蔓延は社会としても困ることですので、市町村がごみを収集・処分する役割を担うという「公共責任」の考えで廃棄物処理がされていた時代です(この市町村の役割は、明治33年の汚物掃除法で初めて定められました)。国土が狭く埋立地の適地を探すのが難しい日本では、衛生的に処理できるだけでなく、灰にすることで埋め立て量が減らせるという利点がある焼却処理が広く採用されるようになっていきます。

高度成長期に入ると、大量の廃棄物が工場等から排出されるようになりました。大量というだけでなく、性状が家庭ごみとは異なり、市町村には処理・処分が難しい廃棄物が多く、誰が処理をするか等の法的な整理に課題がありました。ようやく1970年に廃棄物処理法ができて産業廃棄物の定義が決められ、その処理については廃棄物を出す者が責任を持って行うという「排出者責任」の考えが成立しました。後に、英語で「汚染者支払い(負担)の原則(PPP: Polluter Pays Principle)」と言われるようになった考えが廃棄物分野に導入されたことになります。この時代は、廃棄物を生活環境・事業環境から除去するだけではだめで、集めた廃棄物をいかに適切に処理するか、そのための優れた処理施設をいかに整備していくかが問われる時代だったといえます。有害な物質を含む廃棄物が増えたということもこのような動向ができる一因でした。他方、国が経済的に豊かになっていくにつれて、モノの経済的な価値が相対的に低くなり、それまでは資源として回収できていたモノが捨てられる、あるいは、リサイクルする業者がこれまで回収していたモノだけではやっていけなくなるといったことが起こり始めます。このように、昭和の後半は大量廃棄型の社会になっていった時代でした。

平成の時代の廃棄物管理と資源循環

平成の時代は、このような大量廃棄型の社会が到来したことに対し、早々に転換を求めました。リサイクル時代への転換、そして、循環型社会への転換を進めたのが平成の時代の廃棄物管理の特徴といえます。その最初の動きとなったのが平成3(1991)年です。大量廃棄に「処理すること」で対応するには限界であるとの認識のもと、廃棄物の発生抑制とリサイクルを進めることが法律で定められました。90年代以降、容器包装リサイクル法、家電リサイクル法など、個別のリサイクル法がつくられていきました。そのなかで、製品をつくっている生産者にも、廃棄物問題に関わる役割を担わせたりするようになっていきます。この考え方は「拡大生産者責任」と呼ばれ、日本だけでなく国際的にも90年代以降広まっていきます。同時に、企業による自主的な取組も進んでいきました。さらに、量が多いモノをリサイクルする、すなわち、中間処理や埋立を行う廃棄物を減らすという観点だけではなく、資源として有用なので量は少なくてもリサイクルを行うという動きも公共政策として行われるようになります(例えば、2012年にできた小型家電リサイクル法)。

このような資源循環の動きの一方で、廃棄物の適正な処理に関する規制強化は平成の時代でも継続して進展しました。国内でいえば、不法投棄とその原状回復の問題、焼却施設から排出される排ガス中のダイオキシン問題埋立地からの有害な浸出水の問題などです。なかでも平成の時代の特徴といえることは、国内問題であった廃棄物の適正処理の問題が国際化していったことです。原材料や製品だけでなく、廃棄物のなかでも有用なモノが、2000年代以降、国を超えて大量に移動するようになり、途上国での環境汚染や健康影響を引き起こすようになっていきます。有害な廃棄物の国境を越えた移動を規制すること、輸出先での適正な廃棄物処理を確保することが国際問題となっていきました。

加えて、平成においては、異常気象や地震等の自然災害によって生じた災害廃棄物の処理や、2011年の東日本大震災で生じた放射性物質を含む廃棄物への対応が必要とされるなど、平時の廃棄物管理だけなく非常時における廃棄物管理の重要性も認識され、強靱な廃棄物管理システムが求められるようになりました。

次回予告

さて、次回からは、本題となる令和の時代の廃棄物処理と資源循環についてです。

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